
さくらさんの顔が変わった理由
さくらさんの亡き後の顔は、生前の顔とはずいぶん違って見えた。
不思議なことに、それはさくらさん本人というより、実の両親、つまり私から見て祖父や祖母によく似ていた。
今まで「似ている」と思ったことは、ほとんどなかったのに……
だからこそ、「あれ?」と、ちょっと戸惑ったのだが……
ある話を聞いて、ああ、なるほどと腑に落ちた。
浄土真宗の考え方
我が家は浄土真宗。
父の仏壇は何十年も前から家にあり、命日にはお寺にも行っていた。
なのに、教えの中身はほとんど理解していなかったことに今更ながら気づく。
ご、ごめんなさい。
浄土真宗では
「臨終即往生」「往生即成仏」
亡くなると、すぐに浄土へ行き、仏になるという。
私はずっと、四十九日を過ぎてから仏になるのだと思っていた。
以前、親戚の葬式で叔母に、「香典袋には『ご仏前』と書くんだよ」と言われたことがある。
そういうことだったのか。
宗派によっては、七日ごとに裁きを受け、四十九日目に仏になる考えもある。
うちでも四十九日までは七日ごとのお参りがあるが、それは、「故人を偲び、仏の教えに触れ、少しずつ立ち直っていく時間」なのだそうだ。
子どもに返ったさくらさん
この話を知って、私は思った。
「ああ、さくらさんは祖父母に再会できて、子どもに返ったんだな」と。
だから、あの顔だったのかもしれない。
すぐにみんなと会えたなら、さくらさんは寂しくないはずだ。
そう思うと、気持ちがとても軽くなった。
祖母の部屋にこもっていた、さくらさんの記憶
さくらさんの実家までは車で約3時間。
さくらさんは自動車免許は持っていないし、親子そろって車酔いもする。
だから、子どもの頃、祖父母宅に行くのは、バスを乗り継ぎ、泊まりがけで行く、ちょっとした小旅行だった。
里帰り期間の数日間は、さくらさんは祖母の部屋に一日中こもりきり。
まるで私の存在を忘れたかのように、祖母とずっとおしゃべりをしていた。
(たぶん、本当に忘れていたと思う)
「よくそんなに話すことがあるなあ」と、子ども心に感心していたが、今思えば、日頃ため込んでいたいろいろな思いを聞いてもらい、さくらさんは子どもに返って、甘えていたのだろう。
ちなみに私は、叔父伯母や従兄弟たちと遊ぶのに夢中だったので、特に寂しくもなかった。
そこは、お互いさまということで。
さくらさんは、祖母のことが大好きで、
「自慢の母親なのよ」と、よく話していた。
今もきっと、にぎやかに
だから今、さくらさんが祖母や梅さん(妹)たちと一緒にいると思うと嬉しくなる。
もしかすると今も、私のことなどすっかり忘れて、大勢の人たちとのおしゃべりに夢中になっているかもしれない。
それならそれでいい。安心だ。
梅(妹)さんについて、さくらさんと対照的な性格 ↓
sakuratomomo254.hatenablog.com
まとめ
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浄土真宗では、亡くなるとすぐに浄土へ行き、仏になる
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だから「ご仏前」という表現になる
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祖父母に似た顔は、再会して子どもに返った証かもしれない
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今はきっと、大好きな人たちに囲まれておしゃべり中