60代娘の介護日記 〜母と私の時間~

母(さくら93歳、要介護3→4、11月30日に永眠)を一人で在宅介護する娘(もも)の日々を綴ります。

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こぼれる梅の花のように ~15回忌に寄せて~

 

 

4月9日。今日は、さくらさんの妹、梅さんの十五回目の命日だ。
おっとりしていて、お人好し。私は、そんな梅さんが大好きだった。

梅さんは遠く県外に暮らしていて、頻繁に会えるわけではなかったけれど、季節の節目には、何かしらの贈り物を送ってくれていた。律儀でやさしい人だった。

 

今、我が家のリビングのテーブルには、レースのクロスが掛かっている。
「もう古いし、今風じゃないから、そろそろ替えてもいいかな」
ある日、そう思ってさくらさんに聞いてみた。すると、「あれは、梅さんが編んだのよ」と教えてくれた。手芸店を営んでいた梅さんの手仕事だと知った瞬間、何でもない布が、宝物に変わった。手放す理由が、どこかへ消えた。

 

70歳を過ぎた頃、梅さんはふるさとへ戻って暮らすことを決めた。
私たちは、古くなった家を建て替える際、梅さんの部屋も用意した。独り身だった梅さんと、さくらさんが並んで暮らせるようにと。

 

あと2週間で帰ってくる、というその矢先。
突然の交通事故で、梅さんは戻らぬ人となってしまった。
バッグの中には、ふるさとに帰る飛行機のチケットが入っていたという。
のんびり屋で、さくらさんにいつも「早くしなさいよ」と急かされていたのに、ふるさとを飛び越えて、先に天国へ行ってしまった。

 

さくらさんの長距離移動は難しく、一人にしてもおけないので、私たちは留守番となったが、火葬や遺品の整理に行った親戚の話によると、荷物は片付いており、部屋は驚くほど整っていたらしい。「迷惑かけたら悪いから」と言っているみたいに。
一人暮らしの終わり方として、お手本みたいに立派だった。

 

梅の花が散ることを「こぼれる」と言うそうだ。
涙がこぼれるように散っていく、その姿に重ねた表現なのだとか。

梅さんは、どんな花が好きだったのだろう。聞いておけばよかったな。
けれど、今日はスターチスと春らしいスイートピーを手向けることにしよう。仏壇には合わないかもしれないけど、梅さんに似合う気がする。それに、スターチス花言葉は「途絶えぬ思い」スイートピーは「やさしい思い出」なんだそうだ。どちらも梅さんを思うには、ちょうど良い。

 

最近のさくらさんは、時々こんなことを言う。
「お父さんとお母さんに、しばらく会ってないけど……もう、亡くなったかもしれないねえ」
(生きていれば、ギネスだよ。)

 

さくらさんが長生きできているのは、もしかしたら梅さんが、祖父母と一緒に、空の上から「お姉ちゃん、そんなにせかせかしないで、のんびり来なさいよ」と、見守ってくれているからなのかもしれない。