
初七日を迎えて
さくらさんを無事に見送り、先週の土曜日で初七日だった。
お悔やみのメッセージをくださった方、心配してくださった方、本当にありがとうございました。
やらなければならないことは、まだ多い。
けれど、急ぎでないものは、ぼちぼち少しずつでいいと思っている。
不思議なことに、意外と心にはゆとりがある。
毎日更新はできないかもしれないが、記憶をとどめるためにも、しばらくは介護ブログとして続けたい。
今回は、さくらさんの最期の様子について書き残す。
生々しく感じる方もいるかもしれないので、不快になりそうな方は、ここで読むのをやめてほしい。
最期の朝に感じた異変
さくらさんは11月30日に永眠した。93歳、要介護4。
死亡診断書の記載は「老衰」。
朝から下顎呼吸が見られ、明らかにそれまでとは違っていた。
酸素マスクが取り付けられ、目は半開き。
マスクが大きく、顎が閉じるたびにマスクが動いて、縁が目に当たりそうで、はらはらした。
朝の訪看さんが、帰り際にこう言ってくれた。
「息を引き取る瞬間に立ち会えなくても、それは本人の意思です。ご本人がそうしたいと望んだことなんです。だから、気にしなくていいですよ」
その言葉に、少し気持ちが軽くなった。
そばにいる時間
ずっと手を握り、頭をなで、声をかけ続けた。
朝とは別の訪看さんが、忘れ物を取りに立ち寄ってくれた。
さらに、朝の訪看さんも「確認し忘れたことがある」と戻ってきてくれた。
たぶん、心配してくれたのだと思う。
そうこうするうちに、午後になる。
最期の表情と別れのとき
最期が近づいたころ、目から一筋、涙がこぼれた。
半開きの目が乾かないように差していた目薬が流れたのかもしれない。
そして、2〜3回、泣きそうな顔になった。
「悲しまなくていいよ」
「二人とも幸せだったよね」
「さくらさんの子どもでよかった」
「私のことは心配しないで」
「大丈夫だから安心して」
「ありがとう、ありがとう」
そう言いながら、頭をなで続けた。
やがて顎が動かなくなり、呼吸が止まった。
すぐに時計を見た。時間は13時42分。
脈は触れない。念のため血圧計でも測る。エラーが2回続いた。
宣告
訪看さんに連絡。
訪看さんが、脈、瞳孔、心拍等を確認し、主治医へ連絡。
日曜日で、すぐに来てくれた。
「最後の診察を始めます」
そして確認があり、14時41分、死亡宣告。
診断は「老衰」。
点滴だけになってから72日目。
9月2日に、余命1~2か月と言われてから、約3か月。
さくらさん、よくがんばった。
最期に立ち会いたがっていた従姉だったが、この日は用事があり市外に出ていた。
訪看さんの存在が、とても心強かった。
きれいに整えてあげる時間
訪看さんが二人で、全身の清拭を行う。
途中でもう一人合流し、足も桶に入れて丁寧に洗ってくれた。
洗髪は省略。
実は前日、訪看さんが
「おしゃれだったさくらさんを、きれいにしてあげたい」と、洗髪の際に白髪染めをしてくれていた。
入れ歯は下は入らなかったので、上だけ入れる。
代わりに綿を詰め、口の奥にゼリーを注入する。
目と顎が開いたままなので、固定して目を閉じる。
摘便をし、肛門にゼリーを詰め、きれいなオムツに替える。
下着はかわいい花柄で、洋服はお気に入りのセットアップ。
靴下も、かわいいおしゃれなものを選んだ。
訪看さんが、顔のマッサージをすると、皮膚がきれいになるからと言って、クレンジングクリームで顔をマッサージしてくれた。
肌がつやつやと透き通るようにきれいになった。
私が化粧をし、眉だけは看護師さんにお願いした。
さくらさんらしい最期
久しぶりの外出着で、きちんと化粧をしたさくらさんは、元気だった頃みたいだった。みちがえるように、とても素敵だった。
清拭の途中、右手は冷たかったのに、ずっと握っていた左手は、最後まで温かかった。
間際に見せた泣き顔。
身体的な反応なのかもしれない。
それでも私には、感情がこもっているように感じられた。
私との別れの寂しさなのか。
迎えに来た人との再会の喜びなのか。
きっと、どちらもあったのだと思う。
悔いはない。
自宅で看取り、老衰で永眠。
それは、さくらさんと私にとって、理想的な別れだったのではないだろうか。
まとめ
-
最後の一呼吸まで、そばにいられた
-
手を握り、頭をなで、声をかけ続けられた
-
伝えたかった思いを、すべて伝えられた
-
自宅介護で、老衰による穏やかな最期だった
- ありがとう、さくらさん。よくがんばったね。